2012年12月6日のつぶやき動画ニュース



今日の気になるNews     
     ↓

勘三郎さん死去 「父とは女の子の話をしました」勘九郎、七之助兄弟

 「せっかちすぎるでしょ」。5日未明に亡くなった中村勘三郎さんの息子たちは早すぎる父の死をこう言って悼んだ。中村勘九郎さん、七之助さん兄弟は5日夜、京都・南座での舞台が終了した後、記者会見を開き、前日に東京に戻って最期の別れや、闘病中の様子などを話した。(安田奈緒美)

 11月30日から始まった襲名披露公演のため京都に滞在していた2人だが4日、「ちょっと様子を見に帰ろうか」と言い合ってたまたま東京に戻ったところ、勘三郎さんの容態が悪化していたという。

 最期に言葉を交わしたのは10月中旬。その時の様子を勘九郎さんは笑いながら「楽しい話をしました。父と付き人との4人で下世話な、女の子の話やらをしました。あれがコミュニケーションとれた最後でした」と振り返った。

 七之助さんが「明るいことが好きな父でしたし、あまり湿っぽいことが好きでなかったので。病室ではどうしても沈んでしまうので、久しぶりに気心しれた間柄でちょっとそういう話をしてみようかと、と選んだんだと思います」と話した。

 闘病中にも舞台復帰への強い意気込みを見せていたという。8月上旬に肺炎を起こして以来、人工呼吸器をつけたために会話することが難しくなっていたが、医師らの工夫でしゃべられるようになったときのこと。咳き込みながらもしゃべるので七之助さんが「(役名の)松王(丸)みたいですね」と言ったら、「やってみようか」と言って台詞の調子を調べていたという。勘九郎さんは「先生方もその生命力の強さに驚かれていました。誇らしく思っています」と話した。

 勘三郎さんから受け継いだことで大事にしたいことについて、勘九郎さんは「何かを発信し続ける立場にあるなら、いろいろアンテナを張って吸収し、そして常に危機感を持つこと」だという。七之助さんも「兄がいった通りですし、兄弟仲良くというのも。それは安心していると思いますが」と続けた。

 さらに勘九郎さんは「父が愛していた歌舞伎を、終わり無き道をつきつめていくこと、多くの皆様に楽しんでいただくことを突きつめていきたい」と語った。 父親を失った日舞台に立つにあたって「常に父はお客様に喜んでもらうことを心がけていましたので、そのことを思って舞台に立ちました」という勘九郎さん。襲名披露口上で「父を忘れないでください」と話したその真意を「忘れられることが一番怖いので。絶対忘れないでほしい」と言うと、七之助さんは兄の思いを受けて「最後まで闘い続けていた人なのでそういう人は皆様の中で存在感がどんどん膨れていくと思う。僕の中でもです」と話した。

 会見の最後に勘九郎さんは「父には今日、客席、幕内の皆様が本当に温かかったことを伝えたい。襲名披露に出られなかったことを何度も『ごめんよ ごめんよ』と言い続けていましたので、お客様が沢山入ってくださっていることを報告したいです」と話し、再び2人は東京へと帰っていった。
 
産経新聞 12月6日(木)0時38分配信
 
(ニュース元)

おしゃべり どうぶつ ボール ネコ
新品価格¥696から

新品価格¥696から



人気ブログランキングへ

0 件のコメント:

コメントを投稿